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ころた

Author:ころた
芦ノ湖と相模湖にしかバスがいない頃にルアーを始めた。師匠は常見忠、開高健(心の師匠ね)。吉田幸二よりは若い、ちょっとだけ。
30数年間の技術者としてのサラリーマン生活を終え、いまや悠々自適(と言うほど余裕はない)。技術者の悪い癖で理屈ばかりにやたらうるさい。当然、釣りも理屈詰めとなる。よって頼りにしたのは科学文献。文献検索を重ね魚類や湖、その植生などを紐解くと、出るは出るは面白情報の山。その一部をおすそ分けします。

HP復活から

続・釣り具業界再編成

 と銘打つほどの情報はないのだが、業界再編の引き金を引いたのはリョービとシマノであろう。
アルミダイカストのトップメーカーだったリョービが釣り具の製造販売を始めたのは、1960年代の後半。噂ではダイワから技術者を引き抜いてリールの開発を行ったらしい。ほどなくロッドも販売され、総合釣り具メーカーとして当時のビッグ2:ダイワとオリムピックを脅かす存在となった。
 しかし2000年には事業の不採算により釣り具から手をひき、リョービブランドは丸ごと上州屋に譲渡されることとなる。現在のリョービブランドの釣り具は、リョービから引き継いだ生産設備により上州屋が製造販売している。ただ、かつての総合メーカーの面影はなく、細々といくつかのスピニングリールを生産しているに過ぎない。

 遅れて自転車部品の雄、シマノが1970年に釣り具業界に進出する。持前のギア技術を核に性能を前面に打ち出したリールは、瞬く間に業界を席巻し、ダイワに迫る地位に上り詰める。ここもほどなくロッドを含む総合釣り具メーカーへと変身し、現在は世界を市場にダイワとトップを争っていると言ってよい。もちろん本業の自転車や機械部品を含めれば、総売上高はダイワを大きく上回る。
 リールについて比較すれば、個人的な印象だがシマノは機械本来の精度性能を高めていくというスタイルなのに対し、ダイワは新素材や新機構をいち早く取り入れていくというスタイルか。どちらも捨てがたい。

 そしてかつてのトップメーカーであったオリムピック。オリムピックは1992年にカメラメーカーのマミヤ光機と合併し、マミヤOPとなった。マミヤのカメラはプロ仕様の6*8等の大中判カメラが中心であったが、その後、別会社へ事業譲渡さてている。同じく釣り具事業も不採算により、2000年に現オリムピック社に工場ごと事業譲渡された。
 かつてのオリムピックといえばリールが代名詞だったのだが、現オリムピックはロッドに特化しているようだ。それでもブランクスから生産できる数少ないメーカーとして、独自性を保っている。
 ではマミヤOPは本来のカメラと釣り具から撤退してどうなったかと言うと、光学技術を活かした紙幣識別機や券売機、パチンコの玉貸機なんかを製造している。

 諸行無常だね。業界再編成はいかにも日本らしく、巨人が中小を飲み込むというよりも、別会社にバトンタッチされていきながら変遷を繰り返していった。メーカーの個性が生き残ったという面では、良かったのかもしれない。

 一方、海外の諸メーカーはと言うと、Pure Fishing にほぼ1本化されていった。スウェーデン・アメリカのABU Garcia, アメリカのPENN, Shakespere, フランスの Mitchell, ロッドではFenwick, イギリスのフライロッド Hardy, お馴染みのBarcley, ラインのSpider, Trilane 、全部 Pure Fishing だ。世界にはあと何が残っているの?ZEBCOとLew's, Falcon くらいか? 今のところ資本統合されただけで、個々のメーカーの独自性は保っているように見える、表面上は。でもどうだろう、普通の経営者なら、資源の合理化とか言って部品や機構の共用を考えるだろうな。

 ABUがABUでいられるのは、いつまでなんだろう・・・
 


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