プロフィール

ころた

Author:ころた
芦ノ湖と相模湖にしかバスがいない頃にルアーを始めた。師匠は常見忠、開高健(心の師匠ね)。吉田幸二よりは若い、ちょっとだけ。
30数年間の技術者としてのサラリーマン生活を終え、いまや悠々自適(と言うほど余裕はない)。技術者の悪い癖で理屈ばかりにやたらうるさい。当然、釣りも理屈詰めとなる。よって頼りにしたのは科学文献。文献検索を重ね魚類や湖、その植生などを紐解くと、出るは出るは面白情報の山。その一部をおすそ分けします。

HP復活から
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君はなぜルアーで釣りをするのか?

 考えれば不思議なことだ。なんでわざわざルアーで釣ろうとする?
 ルアーのタックルは、特にバスフィッシングはゴルフの道具なみに釣り方により細分化していて、一揃えするにはそれなりの金がかかる。貧乏人の俺でも「My Tools 」で紹介したように、基本セットで6本、その他バックアップも含めれば10組もある。ルアー自体もプラグだぁスピナベだぁワームだぁラバジだぁとキリがない。
 で、釣れるかというと、そうでもない。生き餌の方が断然有利なのは、「オオクチバスの釣られやすさに見られる個体差 」で紹介した通り。
じゃあ何でルアーで釣りしているの?

女の子は言うんだろうね。
「だってぇ、ミミズとかゴカイとか触れないしぃ。臭いしぃ汚いしぃ気持ち悪~い。」
釣りすんなよ!という言葉を飲み込んで、ナウいあんちゃんに聞いてみる。
「そりゃよぉカッコいいじゃん。堤防でゴカイつけてるオヤジ、キモイよなぁ。」
悪かったな。俺だよ、それは。お前らちゃんとゴミ持って帰れよ。
じゃあ同世代のオヤジバサーは何て思っているのかな。
「もちろん釣れるからでしょ。それに釣れた時の満足感が餌より大きい。」
う~ん、そんなもんなのかなぁ。
しょうがない、我が開高健先生に伺ってみよう。

釣りとは、自然に逆らいつつ自然に従うことだ。私は漁師ではない。釣りのプロセスこそが重要なのだ。」

 そう、これなのよ。反自然的な人工物であるルアーで、魚をだまして釣り上げる。しかしそのプロセスでは自然を学び、自然を敬い、自然に感謝しなければならない。いや意味がない。釣り上げた魚に感謝して「また遊んでね」と送り返すのもいい。「おいしく戴きます」と、これまた感謝しつつ命を頂くのもいい。しかし決して命を無駄にしてはいけない。「なんだ雑魚かよ」と言って、岸に魚を放り出す奴を私は軽蔑する。
 だから私はラインブレイクを嫌う。ルアーは可能な限り回収する。釣りにくくても一段太いラインを使う。魚が掛かったままブレイクした時の喪失感ったらない。また命を一つ無駄にしたと。
 だから私は自然を学ぶ。自分の知識が足りなければ、科学文献という頼もし味方がいる。
 だから私は自然を観察する。水、空気、風、太陽、流れ、濁り、気温、地形、山川、田畑・・・。現地に着いてもすぐには釣り始めない。廻りをよく見て、聞いて、触れて、嗅いで、感じて、楽しんでからだ。

で、釣れるのかって?
まだ分かってないなぁ。大切なのはプロセス。結果じゃないんだよ。
(ヒトハソレヲ、マケイヌノトオボエトヨブ・・・) 

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