プロフィール

ころた

Author:ころた
芦ノ湖と相模湖にしかバスがいない頃にルアーを始めた。師匠は常見忠、開高健(心の師匠ね)。吉田幸二よりは若い、ちょっとだけ。
30数年間の技術者としてのサラリーマン生活を終え、いまや悠々自適(と言うほど余裕はない)。技術者の悪い癖で理屈ばかりにやたらうるさい。当然、釣りも理屈詰めとなる。よって頼りにしたのは科学文献。文献検索を重ね魚類や湖、その植生などを紐解くと、出るは出るは面白情報の山。その一部をおすそ分けします。

HP復活から

魚は傷みを感じるか?

興味深い本を読んでいる。ヴィクトリア・ブレイスウェイト著 「魚は傷みを感じるか?
筆者はアメリカ・ペンシルベニア州立大学教授で魚類生物学を研究している。その彼女が突きつけたテーマは「魚類に対する福祉」。著者が生物学的な見地から得た結論は「魚は痛みを感じている」。哺乳類と同じように針に掛けられた魚、漁網に捕らえられた魚は傷みを感じているのだ。この辺の科学的解析にはもちろん大いに興味があるのだが、それは後日[文献から読み解くバス」で紹介しよう。今ここで話題にしたいのは、痛みを感じている魚を遊戯の道具として使っている「釣り」とは何なのか、だ。

人は、いや動物は他の生命を食って生きている。特に人は食物として動物や魚類を飼育し、殺し食べている。現在では哺乳類であれば、牛にせよ豚にせよ、苦しまずに死ねるような方法で屠殺する。その目的が動物に対する福祉なのか、単に味品質の向上なのかはさておき。魚の場合は?日本には「活き締め」という考えがあるが、これは100%味のため。でも結果的に苦しませずに魚を殺していることになる。著者はこれを「cleen kill」と呼び、漁業にあってもレジャーとしての釣りであっても採用すべきと訴えている。

考えても見なかった。魚は針掛りした時、痛みを感じているのだ。想像してみよう。公園で遊ぶ子犬に、大きな針のついた肉をほおり投げ、食いついた処をフッキングする。口に針の掛かった子犬は泣き叫びながら逃げ回る。我々は笑いながら、リールで手繰り寄せる。そんなおぞましいことができるか?我々はそれを水の中でやっているのか?
水中の生物だって同じだ。あなたが海に投げたルアーに子イルカが掛かってしまったらどう思うだろう。ウミガメだったら?マンボウだったら?境界線はどこだ?実は境界線なんてないのかもしれない。

さらに著者は、Catch & Release も魚の福祉に反すると言う。意外な意見だが、離した魚は繰り返し針の痛みを味わうことになる。それくらいなら Cleen killすべきだと。実際、ドイツでは一定以上の大きさの魚を釣り上げた時には、再放流を禁じる法があると言う。もちろんそれは我が国の外来生物法のような歪んだ倫理観によるものではない。
これも例えば鹿狩りを想像すれば理解できなくはない。楽しみのためだけの狩猟には正直嫌悪感を覚えていたのだが、例えば鹿を撃ち損じて、倒れた鹿に近付いてみたら鹿は肩を射抜かれて走れずにいたがまだ生きていた。ハンターはここでとどめを撃って意気揚々と鹿を持ち帰るだろう。だれが Catch & Release する?Releaseすることが傷ついた鹿のためになる?

うわぁ、Catch & Release もダメなのか。それはもう釣りをやめろと言うに等しいな。
もう少し冷静に頭の中を整理しよう。釣っていて楽しくなければ、心地よくなければ何にもならない。
ロッキングチェア・アングラーに徹することが正解なのか?


科学的な考察内容は、「16.「魚は傷みを感じるか?」 分析編 - 1」を参照されたし。
 
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