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ころた

Author:ころた
芦ノ湖と相模湖にしかバスがいない頃にルアーを始めた。師匠は常見忠、開高健(心の師匠ね)。吉田幸二よりは若い、ちょっとだけ。
30数年間の技術者としてのサラリーマン生活を終え、いまや悠々自適(と言うほど余裕はない)。技術者の悪い癖で理屈ばかりにやたらうるさい。当然、釣りも理屈詰めとなる。よって頼りにしたのは科学文献。文献検索を重ね魚類や湖、その植生などを紐解くと、出るは出るは面白情報の山。その一部をおすそ分けします。

HP復活から

16.「魚は傷みを感じるか?」 分析編 - 1

 ヴィクトリア・ブレイスウェイト 「魚は傷みを感じるか?」の内容に踏み込んでいきたい。
 我々釣り人は、魚が掛かった時のファイトに大きな喜びを感じる。大きな魚なればこその力強い引き、シーバスやマーリンが見せる豪快なジャンプ、そんなんじゃなくても小さな魚は小さいなりに繊細な竿やラインにより引きを楽しめる。針に掛かった魚が何の抵抗もなしにグデ~っと上がってきたら、楽しみも半減しただろう。
 ではなぜ魚は針に掛かるとあんなに激しくファイトするんだろう。釣り人は自分勝手に考える。
「それは魚が身を守るために、必死で逃げようとするから。」
そうだよね、それも考えられるよね。でも本書の筆者はそうではない、それだけではないと結論付けた。
魚は痛がっているのだ

 痛みとはなんだろう。本書はそこから掘り下げていく。人であれば、鳴くことのできる哺乳類であれば、身体に損傷を受けた時に「痛い」という事を表現することができる。棒で打たれれば鳴く。でも痛くないレベルの刺激も同様に感じているし、それに対する反応も示す。足の上に大きな石を置かれても、あるレベルまでは石の重みを感じるのみだが、重い石を置かれれば痛みを感じる。痛みは感情なのだ。
 それを物言わぬ魚が感じていることをどのように確認するのか?魚の感情を。この問題のむずかしさが分かったと思う。イソギンチャクの蝕肢に指で触れれば、イソギンチャクは大げさなアクションと共に身体を閉じる。それは痛いから? 水の中の魚に触れようと手を伸ばせば、魚は大きく身を翻して逃げる。それは痛いから? 違うであろう。それぞれの動物の持つ感覚器官が触れられたことを検知して、脳に信号を発する。その信号を受けた脳は反射的に上記のような反応をするよう身体に銘じる。そこに痛みは介在しない。
 現代の科学をもってすれば、動物が触れられた時の信号を確認することは難しくない。当然、魚が針掛りした時にそれを検知していることも確認できる。しかしそれを「痛み」であると解釈することは容易ではない。「痛み」は「感情」だからだ。
 
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 ここで筆者は、人の場合に話を戻している。例えば人が熱いやかんの蓋に触れてしまったとしよう。指先で蓋に障った彼は、その瞬間に手を引っ込める。しかし指先が熱いと感じるのは、その一瞬後なのだ。熱いものに触って手を引っ込めるのは、反射的な行為であり、熱いと感じたからではない。熱いことによる皮膚のダメージを検知し、神経を電気信号が伝って脊髄に達すると、反射反応が起こる。これを「侵害受容 nociception 」と呼ぶ。痛みを感じるのは、それに続く脳への信号伝達と、意識的な痛みの検出プロセスを経た後だ。
 侵害受容はあらゆる動物で発生するし、それを確認することもできる(ただし筆者曰く、こと魚に関しては侵害受容を明確に確認した研究はなかったとのこと)。しかしその後の「痛みの検出プロセス」を確認することは容易ではない。そこで筆者らは、「魚の口への刺激により侵害受容が生じること」を実験により確かめて行った。
 方法としては2つ、解剖学的な方法と、神経信号の電気的測定。まず筆者らは魚の頭部を解剖して、哺乳類と同様の神経組織が存在していることを確認した。次にその神経組織に、口に与えた刺激により電気信号が流れることを測定し、口への触刺激、熱刺激により魚が侵害受容を示すことが確認された。これを筆者らが論文発表したのは2003年、ついこの間だ。

 ちょっと驚きだ。魚という身近な動物についての研究が、そんなにもおろそかにされていたとは! しかし本論はここからだ。何度も言うが魚の感情に踏み入っていかなければ、この侵害受領が「痛み」であるのかは分からない。筆者もそこに非常に苦労をしたようだ。    (後編に続く
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